三国志

【三国志】劉備が裏切った回数を数えてみた【聖人】

投稿日:2018年1月17日 更新日:

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三国志演義だと主人公として扱われ、義に厚く天下の忠臣として描かれることの多い劉備ですが、こいつ結構ゲスいです。

正直なんでこんなに持て囃されているのか分からんと常々考えておりました。平気で裏切るわ家族見捨てるわ、聖人とは程遠いことばっかりしています。

そんな訳で、今日は劉備が何回裏切ったのか数えてみました。

今回は三国志演義をベースに、僕が裏切りと感じる点を主観で選んでおります。ですんで、三国志に詳しい方からしたら「このエピソード忘れてないか?」とか「これは違うんじゃない?」とかいう点があると思いますが、ご容赦ください。

では、スタート。




参考記録

三国志において、裏切りの象徴と呼ばれる呂布が裏切った回数は

  1. 父、丁原を裏切る
  2. 丁原を裏切って従った董卓を裏切る
  3. 恩人である劉備を裏切る

の、計3回です。いいですか、呂布は3回ですよ。

劉備が裏切った回数

まず結論から書きます。

劉備が裏切った回数は5回

です。しかも、細々とした裏切りは省略し、大きい裏切りのみを取り上げてこの回数です。小さいところまで含めたら、もっと増えます。もうコイツを裏切りの象徴として演義書き直したほうがいいんじゃないかな。

劉備玄徳、裏切りの詳細

1.黄巾の乱の後、任命された安喜県の尉(警察みたいなもん)をバックレ

黄巾の乱で手柄を立てた劉備は、安喜県という地方の尉(警察みたいな立場)として登用されました。

ある日、郡の督郵(監察みたいなもん)が劉備の治める安喜県へやってきました。

劉備「中央から偉い人が来たらしいやんけ、挨拶したろ!」

偉い人「なんやコイツ賄賂も出さずに…シカトしたろ!」

で、劉備ブチ切れ→督郵ボコる。

劉備「ヤバいことしてもうた…バックレよ!」

って感じで逃亡。

普通に考えたら官位を捨ててバックれただけを裏切りと呼ぶのは厳しいと思いますが、演義の劉備は「漢王朝のため…」とか「帝のため…」とか言っておいてのバックレです。

なので、国に対する裏切りとしてカウントします。これが記念すべき裏切り1回目とします。

2.公孫瓚を裏切り陶謙につく

前職をバックレたあと各地を点々とした劉備は、学生時代の先輩、公孫瓚に厄介になります。

公孫瓚の部下の田楷という将の補佐として仕えていました。ある日、徐州の陶謙から「曹操に攻め込まれてる!助けて!」と田楷へ連絡が来ました。田楷の補佐である劉備も、一緒に徐州までヘルプに行きます。

その際、何故か劉備のことを気に入った陶謙より兵を与えられ、調子に乗った劉備は田楷のもとをバックレて陶謙の下へ付きます。裏切り2回目。

3.呂布にボコられて曹操の下へ逃げるも、曹操暗殺計画に加わる

その後色々あって、劉備は徐州を手に入れました。

ちょうどその頃、曹操にボコられた呂布が行き場をなくして劉備のもとへやってきました。この頃すでに、呂布は「あいつはすぐ裏切る」と評判が回っており、誰も呂布を助けてはくれませんでした。

が、劉備は呂布を助けることにしました。類は友を呼ぶってやつですかね。

結局、留守中を狙われて徐州を呂布に奪われ、小沛という地方都市へ移った劉備。そこも呂布に攻め込まれ、さらに曹操の下へ亡命します。

ここぞとばかりに曹操と手を組み、呂布を捕らえることに成功した劉備。呂布の武を欲しがった曹操に対して劉備は

「こいつは丁原(義父)を裏切り董卓に下り、さらにその董卓をも裏切ってまっせ。僕も裏切られて徐州取られましたわー(´・ω・`)」

とチクリをいれます。呂布が憤慨しながら曹操に

「コイツにだけは言われたくねえ!」

と叫ぶも、結局処刑されてしまいました。三国志で一番面白いシーンですね。

その後、曹操は劉備を大層気に入って重用していたのですが、なぜか董承による曹操暗殺計画に加担することになりました。裏切り3回目。

4.赤壁の戦いの後、どさくさに紛れて荊州を奪う

また色々なところを逃げ回っていた劉備ですが、かの諸葛亮を召し抱え、赤壁で曹操を破ります。映画にもなってますね

で、同盟を組んでいた呉を出し抜いて、戦後のどさくさに乗じて荊州を我が物にします。この件で孫権は激怒しましたが、諸葛亮が屁理屈をこねて使者である魯粛を丸め込みました。4回目の裏切りですね。

5.「そんなことは出来ぬ…」とか言いながら蜀を乗っ取る

蜀の主、劉璋の「漢中の張魯しばきたいから手伝ってよ(´・ω・`)」という要請に乗り、まんまと益州に入ることに成功した劉備一行。今回はじっくりと用意周到に外堀から埋める形で裏切ります。

漢中にいた馬超も劉備の下へ下り、元々張松や法正が着いていたこともあり、時間はかかりましたが見事に蜀を乗っ取りました。5回目にして最大規模の裏切りです。なんと言っても、国を盗んでますからね。

総括

入蜀後の劉備は、もはや高齢でしたし大した裏切りはしていません。むしろ、今まで裏切った分のツケが回ってきた感じがあったりもします。荊州取られたりね。

最初にも書いた通り、細々とした裏切りを省いてこれです。どれだけ劉備がエグいことをしているかお分かりになったのではないでしょうか。

ちなみに、僕の大好きな「蒼天航路」という三国志漫画では、結構劉備のこういう汚い部分がリアルに描かれています。詳しく知りたい方はぜひ読んでみてください。

という訳で、劉備が裏切った回数についての考察記事でした。おしまい。

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