三国志

三国志で最強の軍師は郭嘉だと思う

投稿日:2017年12月21日 更新日:

三国志、好きなんですよ。中学生の頃に横山三国志を読破してから、もうずっとハマってます。一番好きな武将は魏延です。

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ってことで以前書いたんですが、じゃあ一番好きな軍師は?ってなると、もう何の迷いもなく郭嘉だって答えます。陳宮も捨てがたいが。

そんな訳で、今日は早逝の天才軍師・郭嘉奉考について一方的に語り散らすよ!




郭嘉奉考の概要

郭 嘉(かく か、170年 - 207年)は中国後漢末期の武将・政治家。

字は奉孝(ほうこう)。豫州潁川郡陽翟県(河南省禹州市)の人。子は郭奕。孫は郭深・郭敞(『世語』)。曾孫は郭猟。

『三国志』魏志「程郭董劉蒋劉伝」に伝がある。 曹操に仕えた軍師の1人。曹操自らが軍師と認めた人物であり、重要な局面で数々の優れた献策を行なった。その覇業を大いに助けたが若死し、曹操に惜しまれた。

(引用元:郭嘉 - Wikipedia

司馬懿や周瑜、孔明や龐統といったメジャーどころの軍師と比べるとあまり有名ではありません。しかし郭嘉が戦場であげた功績はただ事ではないのです。

郭嘉が最強の軍師と考える理由

先見の明

劉備は殺したらまずいと進言

三国志演義だと主人公みたいな扱いの劉備ですが、劉備は一時期曹操のもとに身を寄せています。呂布にボコられたので「助けて!曹操えもん〜(´Д⊂グスン」みたいなノリです。

聖人君子みたいな扱いをされている劉備ですが、こいつ結構裏切りグセあります。その辺はまた別の記事で書きますが、まあ相当裏切ってるんです。

そんな裏切り常習犯がいたら、さっさと処刑しちゃえよって言う家臣が出てくるのも当然と言えましょう。 それを諌めたのが郭嘉です。

劉備は裏切りグセがあるにも関わらず、なぜか人望だけはあったんですよね。後に神様になる関羽(関聖帝君)やら、かの諸葛亮孔明やら、猛将魏延やら。

そんな人望のある人物を処刑したとなると、曹操の評判が落ちちゃう!だから殺すの待った!と考えた訳です。 現にここで劉備を処刑していたら、怒り狂った関羽と張飛が背後から攻めてくる訳ですし英断と言えるでしょう。

攻め入る天才

下邳の戦いで呂布撃破

そう、あの呂布です。劉備太くんが曹操えもんに「呂布をなんとかしてよ〜(´Д⊂グスン」と泣きつき、曹操軍と呂布軍の戦が始まった訳です。

ご存知の通り呂布は三国志最強と呼ばれる武の持ち主。一筋縄ではいきません。下邳に籠城する呂布を攻めあぐねていました。

ここで活躍するのが郭嘉(と荀攸)です。近くの川を氾濫させ、水攻めで城を落として呂布を捕らえます。その後のエピソードは有名ですね。屈指の名シーンなので、ここは自分の目で確かめてほしいなぁ。

そして、曹操の隣でドヤってる劉備に「お前が言うんかーい」とツッコミを入れてほしい。

烏桓征伐

大して面白くないんで省略しましたが、官渡の戦いで曹操軍は袁紹軍を破っています。

で、敗れた袁紹の息子の袁尚は烏桓(現在のモンゴルあたり)に落ち延びます。

曹操が南征に挑む際、北からの挟撃を懸念した郭嘉は、曹操に「後腐れなく南に攻め込みたいから先に烏桓潰そうぜ!」と進言し、征伐に入る訳です。

後に白狼山の戦いと呼ばれる過酷な戦いですが、郭嘉の軍略・奇襲の策・張遼の武で烏桓をフルボッコにします。かの有名な「兵は神速を貴ぶ」の言葉で見事な奇襲を決めた訳ですね。

袁尚は落ち延びますが、落ち延びた先で処刑されます。 これにより南征の際の後方の憂いを失くすこと、同時に烏桓を支配下に加え、屈強な騎兵の提供を得ることに成功します。結果的に国力を思いっきり高めています。

生粋の戦好き

https://stat.ameba.jp/user_images/20090514/07/kakou-ton/9e/05/j/t02200256_0760088510180602642.jpg

(画像引用元:https://ameblo.jp/kakou-ton/entry-10260603716.html

もう、このコマだけで郭嘉の素晴らしさが伝わるんじゃなかろうか。

もしも郭嘉が存命だったら

烏桓征伐で大活躍だった郭嘉ですが、その際に風土病にかかり、そのまま亡くなってしまいます。享年38歳。早すぎる死です。

後の赤壁の戦いにて、魏は呉と蜀(この頃はまだ入蜀しとらんが)に歴史的な大敗、この敗北にて魏の三国統一は不可能になったと言われています。

この敗北のとき曹操は「もし郭嘉が生きていれば、こんなことにはならなかっただろう」と嘆いたそうです。

確かに郭嘉が存命だったら、ミエミエの黄蓋による内通の芝居や、龐統の連環の計なんかはさくっと見破られていたと思います。

そして、赤壁の戦いで魏の勝利。呉を破った魏を相手に、蜀はどう頑張っても勝てないですよね。てか蜀に入ることすらできなかったでしょう。

総括

もうとっくにバレてると思いますが、僕の中の郭嘉像は、上で画像を引用した蒼天航路のイメージそのままです。カッコすぎじゃんよ!

策を考えるのが好きで、四六時中攻め滅ぼすことだけを考えている。戦いの天才。やさぐれた雰囲気がたまりません。

絶対にありえない話ではあるんですが、もしも郭嘉がもっと遅く生まれて蜀について、晩年の蜀で魏延と一緒に北伐をしていたら…と考えるとワクワクというかソワソワというか、まあめちゃくちゃ面白そうですよね。呉はほっといても滅ぶし。

絶対にありえないからこそ、世の三国志好きは想像してしまうのだと思います。てかゲームでやってみるか。
こんな感じで、妄想力が高まったところでこの記事を終わります。最後までお付き合いありがとうございました。




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